バリでの出来事の話をする前に、この時の私の状況、心境について少しお話ししたいと思います。
ホテルをオープンするために、解決すべき問題は大きく二つ。ひとつは建設資金。そしてもうひとつはホテル経営のノウハウです。どうしたらそれらの問題を解決できるか。正直なところ、それらに関しては全くのノープランで、具体的なアイデアは何ひとつありませんでした。
そんな状態でありながら、将来ホテルをオープンしたいと思った背景には、いくつかの理由がありました。
ひとつは漠然と、「一生かかって良ければ、もしかして実現できるかも知れない」と思ったこと。この時点ではホテルを作るためにいったいいくらかかるのか?という具体的な金額も分からなかったので、そんな状態で期限を決められる訳がありません。でも、10年先、20年先という遠い将来なら可能かもしれないと、ビジョンや夢というよりも「願望」に近い状態で思っていたのです。
もうひとつは、状況的には「達成できる!」という根拠が何もなかったのに、心のどこかで「きっとできる」という確信のようなものがあったことです。
この「どうやったら良いかわからない(だから無理なのではないか?)」という気持ちと「方法はわからないけど、きっとできるに違いない」という気持ち。この相反する二つの気持ちが心の中で混在していて、どちらかというと、根拠のない「できる!」という思いの方が勝っていました。
自分の知らない、自分の本当の力を信じる
人には「自分にはこんなことができる」と自分で理解している能力と、自分でも知らない能力、すなわち「潜在能力」があります。この潜在能力は自分自身が理解し、把握している能力よりも遙かに大きいものです。
人が「できるだろうか?」と考えるときは、過去の経験や知識を総動員しますが、それでは潜在能力を使うことはできません。
私が教わってきたのは、「大きな事を成し遂げたいと思ったら、出来るかどうかではなくて『やりたいかどうか』という基準で考える事だ」というものでした。人は、絶対に達成できないこと、叶えることが不可能なことは、それを本気で達成したいと信じる事はもちろん、達成した自分を想像することもできません。言い方を変えると、もしも達成をイメージできるのであれば、確率は低くてもそれが現実になる可能性があるということです。
私の場合も、状況や知識、経験をもとに「ホテルを作れるだろうか」と考えれば「無理」という結論になっていたでしょう。でも、当時の私の心の中では、できるかどうかという思いよりも、ホテルを作りたいという思いの方が大きかったのです。
昼の科学と夜の科学
遺伝子工学の権威である村上和雄教授は、「科学的な大発見は、努力や知識といった『昼の科学』と、偶然や奇跡といった『夜の科学』によって成り立っている」という話をされています。その一例として、こんなエピソードを紹介していました。
村上教授がヒト・レニンの全遺伝子解読を進めながらも上手くいかず壁に当たっていた頃、パリのパスツール研究所も同様の研究をしているという情報が入ります。実際に訪れてみると、彼らは既に一歩も二歩も先を行っている。半ば諦めかけますが、帰国の途中でだまたま立ち寄ったドイツのビアホールで、偶然にも遺伝子工学の分野で世界のトップと言われた京都大学の中西重忠教授に出会います。
日本でもなかなか会えない人なのに、旅先で、それもふと立ち寄ったドイツの店で偶然出会える不思議。そしてそれがきっかけで中西教授の協力を得られることになり、最終的に世界初のヒト・レニンの全遺伝子暗号の解読に成功したのです。
このような偶然の出会いや偶然の出来事は、自分で起こそうと思って起こせるものではありません。これこそが潜在能力のなせる技なのです。
そこで私はこう考えました。
「私自身が理解している『私』では達成できない夢でも、潜在能力がフルに働いてくれれば達成できるかもしれない。具体的な手段は分からないけれど、とにかく達成を強く意図し、常に信じて行動しよう」
この時はまだ、そう思い始めていただけで具体的な行動を起こしていたわけではありません。しかし、そんな状況だったところに、それを後押ししてくれるような出来事が起こったというわけです。